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Qキリスト教が信じるイエスキリストってどういうお方ですか?

A 一般的に、イエスという人間が、およそ2000年前に地球上のイスラエルで生きていたということは、受け入られています。しかし、イエスがいったい誰だったのかという話しになると、論議が起こります。ほとんどの宗教が、イエスは、預言者、良い教師、又は、信心深いお方であると教えています。しかし、聖書は、イエスがはるかにそれ以上のお方であると語っています。

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 ヨハネの福音書1章1節に「ことばは神であった。」という箇所があります。ヨハネ1章の14節には、「ことばは人となって」という箇所があります。これは、イエスが、人であり神様であったということを述べています。イエスの弟子であるトマスは、イエスのことを「私の主。私の神。」(ヨハネの福音書20章28節)と呼んでいます。これについてイエスは、反論してません。使徒パウロは、「大いなる神であり私たちの救い主であるイエス·キリスト」(テトス2章13節)と述べています。使徒ペテロはも同じように「私たちの神であり救い主であるイエス·キリスト」(第二ペテロ1章1節)と述べています。そして父なる神様が、イエス様がどのようなお方であるかを述べています。「御子については、こういわれます。神よ。あなたの御座は世々限りなく、あなたの御国の杖こそ、まっすぐな杖です。」イエスの神性について旧約聖書には次のように述べられています。「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は、不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君と呼ばれる。」

 

 どうして、イエスが誰なのかという質問がそんなに大切なのでしょうか。イエスが神なのかどうかがそんなに重要なのでしょうか。イエスが神でなければいけない一番大切な理由は、もし、彼が神でなければ、イエスの死は、全世界の罪を背負うのに十分ではなかったことになります(第一ヨハネ2章2節)。神様がだけが、そのような無限の罰を背負うことができるからです(ローマ人への手紙5章8節、第二コリント5章21節)。イエスは、私たちの罪を背負うために神でなければいけなかったのです。同時に、イエスは、死ぬために、人間でなければいけなかったのです。救いはイエスへの信仰によってのみ与えられます!イエスの神性は、なぜ、彼が救いのための唯一の道であるか を現しています。イエスは神だからこそ、「私が道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハネによる福音書14章6節)と言ったのです。

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